芦田愛菜

名言 略歴と名言

プロフィール

あしだ まな
2004年6月23日 – 兵庫県西宮市出身。
女優、タレント、歌手。

3歳の時に母親からの勧めにより、芸能界に入る。
2010年代、5歳の時に日テレ系のドラマ『Mother』に出演し天才子役と呼ばれ、翌年にフジテレビ系の『マルモのおきて』で国民的な人気に。
鈴木福と歌った主題歌「マル・マル・モリ・モリ!」が大ヒットし7歳で紅白歌合戦に出場。
2012年には映画『パシフィック・リム』でハリウッドデビュー。
2017年4月、偏差値70超えの難関校・慶応義塾中等部に進学。
小学校に入る前から本好きで、ミステリー小説から「花火の図鑑」までジャンルを問わず年間100冊以上を読破しているそう。
著書「まなの本棚」は9万部を超えるベストセラーに。

主人公の声を演じた映画「えんとつの町のプペル」の中で好きなセリフ

映画「えんとつの町のプペル」で主人公の少年ルビッチの声を演じている芦田愛菜さん。
作品の中のどのセリフが好きかについて聞かれた時の言葉。

「星があるかどうかわからないけど、
でもないこともわからない」

っていうセリフがすごく好きで
できるって思うのも自分だけど
でも、できないからって諦めてしまうのも自分なんだから、
だからまずはこう一歩踏み出してみようというか、
とにかく一回チャレンジしてみよう、
っていう意味なのかなっていうふうに感じて、
それってすごく大事だなと思いますし、
心に響いて、
わたしもこう一歩踏み出してみようかなと

ー作品中のセリフー
ルビッチ:「プペル、星って知ってるかい?あの煙の上には光り輝く星が浮かんでいるんだ」
プペル :「ほんとですか?」
ルビッチ:「わからない。でも星がないこともわからない」

両親から言われてずっと守っていることについて

「挨拶をする」というのと
「感謝の気持ち」を思うだけじゃなくて
「口に出して言いなさい」っていうのは結構言われてたかなっていう気がしていて。

挨拶とかってどうしてもちょっと恥ずかしくて
どうしようってこう迷ってしまう気持ちもあると思うんですけど
わたしもあって・・・
でもそれで何だろうな
気まずいような雰囲気になってしまうぐらいなら
ひと言「おはよう」って声をかけられたりする方がすっきりするじゃないですか

「感謝の気持ち」とかも
いろんな方に支えて頂いて
わたしが今ここにいられるんだなっていうのは忘れないようにしたいなと思いますし
思うだけじゃなくて
口に出すことが大事なのかなって思います

主演映画「星の子」の舞台挨拶で語った言葉が注目される

2020年9月に行われた、芦田愛菜さん主演映画「星の子」の舞台挨拶で、映画のテーマ「信じること」についての考えを語り、その言葉の達観ぶりに注目が集まりました。

「その人のことを信じようと思います」

っていう言葉って結構使うと思うんですけど、

それってどういう意味なんだろうっていうのを考えた時に、
その人自身を信じているのではなくて、
自分が理想とする、その人の人物像みたいなものに期待してしまっていることなのかな、
というふうに感じて、

だからこそ人は、「裏切られた」とか、「期待していたのに」とか言うけれど、
別にそれは、その人が裏切ったとかそういうわけではなくて、
その人の見えなかった部分が見えただけであって、
その見えなかった部分が見えた時に、

「あ、それもその人なんだ」

と受け止められる、揺るがない自分がいるというのが、
信じられることなのかなって思ったんですけど。

でもその揺るがない自分の軸を持つのってすごく難しいじゃないですか。

なんか、
だからこそ人は「信じる」って口に出して、不安な自分がいるからこそ、
例えば成功した自分だったりとか、
理想の人物像だったりにすがりたいんじゃないかなって思いました。

信じていることについて

努力を信じたい。
たとえ報われたなかったとしても、
標を達成するために頑張ったことは、必ず役に立つと思う。
無駄になる努力なんてないと思いますし、そう思いたいです。
努力は絶対に必要だなって思います。

「努力は必ず報われる。
報われない努力があるとすれば
それはまだ努力とは言えない」

という王貞治さんの言葉にとても共感しました。

何かをするときにはいつも、その言葉を忘れないように心がけています。

夢を信じ続けるために

「できない」って決めつけてしまわないことが大事なのかなと思いますね。

「大きな夢だから、自分には身の丈に合わないや」

とか思ってしまうのではなくて、
それにちょっとでも近づけるようなことだったり、

「自分に出来る範囲のことって何だろう?」

と考えてみることが、大きな夢を信じることにつながったりするのかなと思いました。

好きじゃないことをやらなければいけない時

どんなにそれが嫌いなことであっても、
全くもって自分のためにならないことってないと思うので。
そういうふうに考えれば、何事もきっと出来るのかなって。
後になって、「やっておいて良かったな」と思えたら、
それってとても素晴らしいことですよね。

「生死」について

生きることと死ぬことは正反対のものではなく、
隣り合わせにあるものなのかなと感じました。

本が自分の言葉の土台になっている

本当に本は好きで読んでいるという感じなので
でもそれがわたしのどこか
もちろん見えないところで
わたしの土台になっていると思っています。

わたしにとって、
本がない人生なんて考えられなくて、
本を読むことで、文字が知識となって残るだけではなく、
自分の体の中に無意識の内に同情人物の色んな経験が、
疑似体験したように積み重なっているのかなと思います。
そんなふうに、
本と一緒に人生を歩めていることを、とても嬉しく感じます。

言葉について感じていること、言葉を文字にすること

この世界には、言葉では表現できないことが沢山あるのかなと思って。
それを、言葉にしなきゃいけないとか、
ちゃんと理解しなきゃいけないとか、そういうことではなくて、
「感じる」ことが大切なのかなと思いました。

裏紙とかに今日やることを、
紙に書いて消してったりするのも結構わたし好きで
達成感があるじゃないですか

「ここの掃除をする」とか
「今日はご飯までにここまで終わらせる」とか

何かそういうのって
大きな成功につながったとかはまだそういう経験はあんまりないですけど
大事かなと思います。

言葉を伝える時に大切にしていることや意識していること

やっぱり誰かに何かを伝えたりするときは
場所だったりとか相手だったりは関係なく
何かを伝えるときは、
本当に基本的なことだと思うんですけれど
やっぱり相手の気持ちを考えて発言するのは大事なのかなっていうのは思っていて

わたし結構励ましたりするときに、
どんな言葉をかけていいのかっていうのが
いつもすごく悩んでいて

なんかこう、きっとその人自身が一番自分が辛かったりとか
頑張らなけれきゃいけなかったりすることを分かっていると思うので
わたしが「ガンバレ」とか
「大丈夫だよ」とか「できるよ」とか

言うのもちょっと違う気がするし

「気持ち分かるよ」って言うのも
「分かってないくせに」と思われたりしたら嫌だなと思ったりして

そういう時はどういう言葉をかけてあげるのがいいのかなというのは
すごく悩んでいて
だからもし必要とされているなら
隣にやっぱり
わたしが必要としてくれているなら
隣に座って話を・・・
そばにまずはいてあげて
話を聞くだけでいいのかなと思ったりするんですけど
なんかでもそういう時はすごく悩みます

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